top of page

篠原金融塾 フィリップス曲線とAI グローバルマーケットウィークリー 5/22/2026

ケビン・ウォーシュ氏が、22日、ホワイトハウスで米連邦準備制度理事会(FRB)議長として就任宣誓を行った。非常に難しい局面での議長就任だ。

 

今週は少し経済学っぽい話。

 

トランプ大統領は、好景気を抑制する必要はなく、力強い経済成長がインフレを引き起こすことはないと考えている人だ。新議長に対し引き続き利下げを求めている。しかしながら、イラン戦争により、利下げを後押しする条件は手の届かないところへ遠ざかった。市場参加者は利下げへの期待を捨て、債券利回りを押し上げている。

 

斯かる状況下、私が注目しているのは、雇用増が賃金上昇を通じてインフレを生むとするフィリップス曲線のパラダイムを、アメリカの中央銀行のトップになるウォーシュ新議長は否定し、インフレは所得増ではなく政府の過剰支出で生じると考えていることだ。

 

雇用が増えると賃金が上がり、賃金が上がると物価が上がる。この一連の因果を一本の線で結び、経済政策の羅針盤として扱ったのが、フィリップス曲線のパラダイムだ。失業率が下がれば賃金上昇率が高まり、企業はコスト増を価格に転嫁する。結果としてインフレ率が上がる。失業率とインフレ率の間に政策的な二律背反があるという前提が、中央銀行による金融政策の判断基準となってきた。

 

たしかに、オイルショックが引き起こしたスタグフレーションは、フィリップス曲線のトレードオフを根底から揺さぶった。ミルトン・フリードマン氏らが指摘した「期待インフレ」の存在は、長期的には失業率とインフレ率の間に安定した関係など存在しないことを示し、政策当局は新たな理論的枠組みを求めざるを得なくなった。人々が将来の物価上昇を織り込んで賃金や価格を決める以上、中央銀行がインフレをコントロールするには、期待そのものを管理する必要があるという発想が生まれた。

 

ウォーシュ新議長は、物価水準は政府の将来の財政収支の持続可能性によって決まると考えている。政府が恒常的に赤字を続け、将来の増税や歳出削減の見通しが立たない場合、市場は政府債務の実質価値を調整するために物価を上昇させる。ここでは、インフレは「財政の整合性を保つための価格調整」として理解され、労働市場の需給や賃金動向は副次的な要素に過ぎない。

 

たしかに日本では、完全雇用に近い失業率でも物価が動かないという状況が長く続いた。アメリカでも、パンデミック後の一時的な賃金インフレを除けば、労働市場の逼迫と物価の関係はかつてほど明確ではない。

 

しかしながら、雇用と物価の関係をどう捉えるかは、中央銀行の使命そのものに関わる問題だ。かつてのように単純なトレードオフを描くことはできなくなったが、労働市場の動きがインフレにどの程度波及するのかを読み解くことは引き続き重要なことだろう。

 

また、ウォーシュ新議長は、AIによる生産性向上が将来的なインフレ抑制につながると考えている。労働力不足、賃金上昇圧力、サプライチェーンの制約など、構造的インフレ要因が残る中で、AIがそれらをどこまで相殺できるのか? 


市場はまだ答えを持っていないが、方向性としては「AIはインフレを押し下げる力になる」という期待が広がっている。

 

歴史的に見ても、生産性ショックはインフレを抑制する方向に働いてきた。1990年代のIT革命はその典型で、アメリカは高成長と低インフレを同時に実現した。現在のAIは当時よりも広範な産業に影響を及ぼす可能性があり、もし本格的な生産性ブームが到来すれば、中央銀行が抱える「高インフレ vs 景気減速」というジレンマを緩和する力になりうる。

 

AI導入の初期段階では投資負担が先行し、生産性向上が統計に表れるまで時間がかかる可能性があるが、それでも、長期的な視点で見れば、AIが供給能力を底上げし、経済の潜在成長率を引き上げると私は信じている。

 

もしAIが本格的に生産性革命を引き起こすなら、現在のような「高金利が常態化する世界」から、より低インフレ・低金利の安定した環境へと移行する可能性があるという考え方は、あまりにも楽観的過ぎるとは思うものの、金融政策の前提そのものが変わるかもしれないという点で、AIは単なる技術革新ではなく、マクロ経済の構造そのものを揺さぶることになるのかもしれない。新議長の舵取りが楽しみだ。


  

 

 

株式会社ランプライターコンサルティングは、当サイトに掲載している情報の正確性について万全を期しておりますが、その内容について保証するものではありません。当サイトでは、信頼できる情報源から得た情報を、確実に掲載するようあらゆる努力をしておりますが、株式会社ランプライターコンサルティングは、間違い、情報の欠落、あるいは、掲載されている情報の使用に起因して生じる結果に対して一切の責任を負わないものとします。当サイトに掲載されている全ての情報は、その時点の情報が掲載されており、完全性、正確性、時間の経過、あるいは、情報の使用に起因して生じる結果について一切の責任を負わないものとします。また、あらゆる種類の保証、それが明示されているか示唆されているかにかかわらず、また業務遂行、商品性、あるいは特定の目的への適合性への保証、また、これらに限定されない保証も含め、いかなることも保証するものではありません。

コメント


会社ロゴ.gif
株式会社ランプライターコンサルティング
〒107-0062 東京都港区南青山2-2-15 ウィン青山942

info@lamplightercstg.com

© 2024 Lamplighter Consulting Inc.

All Rights Reserved.

bottom of page