篠原金融塾 失業率の低い国はデフレ?

日本に興味を持つ人が増えている。医療的には、中途半端な対策しか行っていない日本で何故新型コロナの感染拡大が限定的なのか?経済的には、コロナショックにより、世界各国では失業率が急上昇、10%を上回る状況になっているが、日本の失業率は殆ど上昇せず、2%台で推移しているのは何故か?

コロナショックで格差が広がると言われている中、日本の動向に注目する向きが増えているが、ここでは、経済面に関して考えてみることにする。

日本のように失業率が大きく変動せずに低位安定している国の特徴は、企業が労働コスト(賃金×従業員数)のコントロールを賃金の増減を中心に行っているということだ。


日本では、戦後多くの企業に導入された年功序列・終身雇用制度を前提とした給与体系となっており、成果主義というよりは、労働時間に対して賃金が支払われていることが多い。定年制を採用しており、従業員の仕事は一定の年齢まで保障されている一方で、賃金上昇率は限られている。自分はこれだけ稼いだから、その対価として給料をもらうという発想よりは、賃金に見合った労働を提供するという考え方をする従業員が多い。この日本の年功序列・終身雇用制度に基づく給与体系が高度成長期以降も続いていることが、賃金の伸び悩みに繋がり、デフレを生み出した要因の一つではないだろうか。企業は、従業員を抱えたままで賃金総額を増やさないために、非正規社員を増やしたり、役職定年制度などを導入してきた。

一方、労働コスト(賃金×従業員数)を従業員数の増減でコントロールするアメリカやイギリスは、企業収益が悪化すると最悪のケースでは従業員は職を失う。失業率は急上昇する。当然、日本と比べると、景気・物価の変動は大きい。賃金については、企業業績によって、賞与の大幅な変動はあるものの、ベースとなる給与は、その職務に応じて安定している。ジョブ型雇用のアメリカ・イギリスでは、賃下げによる労働コストのコントロールではなく、解雇・採用数により実施されることが多い。

景気が悪くなり、企業の粗利が100億円から80億円に減少すると、労働コストなどのコストが30億円で一定だとすれば、収益は70億円から50億円に減少する。従業員が700人の企業だと従業員一人当たりの収益は、1,000万円から714万円に減少する。

極端な例で考えてみる。

日本の企業経営者は700人の従業員を維持しながら、労働コストを含むコストカットを実施し、従業員一人当たりの収益を1,000万円に戻すべく努力することが多い。

アメリカ・イギリスの企業経営者は従業員200人を解雇し、従業員一人当たりの収益1,000万円を維持するために人員削減を実施することが多い。

日本の場合、結果として労働市場のセカンダリーマーケットが大きくならず、労働者の流動化が進まない。本来であれば、人員が余る業界から、人員が不足する成長産業に労働者が流れていけばよいのだが、解雇される心配のない日本の正社員にとって、引き続き転職は大きな決断なのである。このことが、年功序列・終身雇用制度の改革が急ピッチに進まない要因の一つとなっているのかもしれない。バブル崩壊後の平成という時代に日本人の賃金がなかなか上がらなかったのは、失業率が低位安定していたからとも言えるのでは?

アメリカ・イギリスの場合、不景気になると、組織の見直しなども含む大々的なリストラが行われることが多い。解雇になるリスクを承知の上で働いているものの、従業員の生活に与える影響は大きい。同時に転職が当たり前のアメリカ・イギリスでは、労働市場のセカンダリーマーケットは充実しており、自分を高く評価してくれる会社への転職には躊躇しない人が多い。

ところで、景気は何故変動するのか?

過剰投資・過剰人員・過剰在庫の状況が起きると、それを修正する為に設備投資を削減したり、賃金カットを実施したり、従業員を解雇したり、在庫削減が行われたりすることになる。

この過剰が大きいと景気の変動幅は大きくなる。リーマンショック以降の世界では、金融市場に大きなストレスがかかるような状況では、神の見えざる手による調整ではなく、積極的に中央銀行による介入が行われるようになり、結果として景気の変動を抑えることが可能になってきた。今現在大きな歪みが存在するのは、民間部門ではなく、先進国の財政と中央銀行のバランスシートだ。大不況もなければ、大好況もない世の中を公的部門の積極的な介入により実現してきた。そして、グローバリゼーションにより、世界各国で効率化が進み、好景気の時にも以前のようにインフレ率の上昇を心配することはなくなってきた。

今回のコロナショックは、感染症拡大を防止するために人工的に引き起こした世界的な需要減による大不況だ。日本は苦しい。人口減少により国内需要は毎年自然減の状況で、自然に供給過剰の状況が作られる。この需要減を埋めてきたのが、インバウンド需要だった。これが期待できない足許の状況は深刻だ。

コロナショックが一時的なもので、グローバリゼーションの流れが再開するのであれば、清潔で、安全で、そして安心な日本にはインバウンド需要は日本人が思っているよりは早く戻ってくるだろう。日本の企業が、今後どのようなサービスを展開していくかがカギになる。

しかしながら、コロナショックが一時的なものでは終わらない場合、大幅な需要減は供給サイドにも大きな影響を与える。海外生産に頼っているものの価格は上昇するかもしれない。マスクの国内生産が充実、価格は安定してきたが、一時期は品不足に苦しんだ。これもグローバリゼーションの巻き戻しの動きのひとつだ。効率化という観点で考えるとマスクの生産拠点を日本に作ることは機能しないという判断がコロナショック前にはあったはずだ。コロナショックにより、効率化の時代が大きく変化し、もしかすると非効率化の時代が始まったのかもしれない。世の中が非効率化するということはモノの価格、サービスの価格は上昇していく。ソーシャル・ディスタンシングを意識したお店の運営は間違いなく、コスト増につながり、提供する価格を上げなければやっていけないことになる。

コロナショック後の景気回復がグローバリゼーションの継続を前提とするものになるのか、若しくは、非効率化によりインフレ率の上昇を伴うものになるのかはまだわからない。

不景気で、格差が広がる局面では、アングロサクソン型の株主を重視する資本主義ではなく、日本・欧州型の従業員を重視する資本主義の人気が高まる。平成30年の歴史はデフレとの闘いだ。グローバリゼーションが進展する中、インフレを心配する必要がなかった世界。もうインフレを心配する必要はないと思って生きてきた人が多い日本。

仮に世界的にインフレ率が上昇し始めるとどうなるのだろう。デフレとの戦いにやっと終止符というような報道に金融市場を中心に日本は盛り上がるのかもしれない。しかしながら、賃金に下方硬直性のある日本の企業の仕組みが維持されると、名目賃金の上昇は穏やかで、実質賃金で見ると減少しているということにもなりかねない。

在宅勤務という働き方が始まった今、日本人は、労働時間ではなく、労働の成果に対して賃金が支払わられる仕組みについて考えないといけない状況になってきたのではないだろうか?

それこそが本当の意味でのデフレ対策なのかもしれない。

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