top of page

暇なときに キャリア教育 ~大切なこと~

日経新聞に連載中の岸恵子さんの私の履歴書の「恩師」の話が素敵だ。

「根性を通せ。君には多くの才能がある。好きなことをやれ。人生は短いんだ。苦手なものはやらなくていい。」

小学生へのアドバイスだとしたら、

「根性を通せ。君には多くの才能がある。好きなことをやれ。人生は短いんだ。だけど人生の選択肢を広げるために、苦手なものにも取り組みなさい。」

かもしれないが、高校生・大学生向けへの先生からの言葉としては最高のアドバイスだと私は思う。

私は、この恩師のアドバイスを読んで、1915年にイギリスで生まれ、1938年にアメリカへ移住したアラン・ワッツ(Alan Watts) 氏という哲学者の言葉を思い出した。おそらく、ワッツ氏は60年代、70年代のアメリカの若者の職業観に大きな影響を与えた人のひとりでしょう。

ワッツ氏によれば、学生にとってとても大切なことは、「私が望んでいることは何か?」 「私がやりたくてたまらないことは何か?」 そして、「私はどうなりたいのか?」という質問の答えを考えることだという。私は、学生だけではなく、社会人にも当てはまることだと思う。

ワッツ氏は、よく学生の進路相談にのったそうだが、当時の多くの学生が「もうすぐ卒業なのですが、何をしたらいいのかわかりません」と相談に来たそうだ。おそらく今の学生も変わらない。私自身もそうだった。

そこでワッツ氏は学生にいつもこう質問したそうだ。「もしお金が目的ではなかったら君は何をしたい?」「何をして君は人生を楽しみたい?」

すると学生たちは「画家になりたい。詩人になりたい。作家になりたい。でもそれではお金を稼げない。」 と話し出すそうだ。「馬に乗って、アウトドアな生活がしたい。」という学生もいたそうだ。そこでワッツ氏が「乗馬学校で教えたいのかい?」と聞くと学生からの答えはない。

本当に何がしたいのかもっと深く考え、何がしたいのか掘り下げていって、ついにそれがわかったら、ワッツ氏は学生に「それをやりなさい。そしてお金のことは忘れるんだ。」とアドバイスしていたそうだ。

今とは時代背景も異なる。本当にお金のことを忘れていいのだろうか?と思ってしますが、さすが哲学者という説明がここから始まる。

もしあなたが「お金を得ることがもっとも大切だ」と考えているとしたら、あなたは完全に人生を無駄に過ごすことになる。なぜならやりたくないことをする生活を続けるためにやりたくないことをし続けるからだ。これは実に馬鹿げたことだ。そんな惨めな状態で長生きするより、短い人生でも好きなことをやって生きる人生の方がマシでしょう。

学生時代にこういう話をしてもらえるのは有難い。多くのアメリカの若者のキャリア観に大きな影響を与えたはずだ。

何でもいいんだ。あなたが本当にやりたいことをやっていれば、いつか達人になれるでしょう。「好きこそ物の上手なれ」。そのうちあなたにそれなりの報酬を払う人も出てくるでしょう。だからそんなに心配しなくていいんだ。誰か必ずあなたのやっていることに興味を示してくれる人が現れる。

勇気を貰える言葉だ。

自分がやりたくないことをして、人生を過ごすなんて実に馬鹿げたことだ。したくもないことに人生を費やせば、子供達にまで同じような道を辿るように教え、受け継がせてしまう。我々は子供達に自分が生きてきた人生と同じような人生を送らせる教育をしてしまう。自分の子供達が彼らの子供達を自分と同じように育て、似た人生を歩ませる姿を見ることで、自分の人生を肯定し満足しようとしているのだ。まさに吐き気がするのにいつまでたっても吐き出せない状態で生きている。

「私は何を望んでいるのか?」 

ドキッとする。岸恵子さんの恩師とワッツ氏は同じことを言っている。

既に社会人として働いているケースを考えてみよう。例えば、全く同じ職務なのに今働いている企業の給料の2倍の給料を貰える企業があり、転職しようか悩んでいる人がいるとしよう。この人にとって、本当にやりたいことがこの仕事であるのだとすれば、「好きこそ物の上手なれ」であり、その努力が報われ、その人に今の2倍の報酬を払ってでも来てもらいたいという会社が現れたのだ。

躊躇することはないでしょう。本人がチャレンジすると決めるのであれば、キャリアのステップアップとして素晴らしいことなので、周りの人は背中を押してあげれば良い。

別のケースを考えてみよう。「メンバーシップ型」の年功序列、終身雇用の日本の投資銀行で働いている。仕事は辛いこともあるが、楽しいことも多く、まあまあ満足している。でも、より給料の高い「ジョブ型」の外資系投資銀行で働けば、もっと責任を与えられ、噂では給料は2倍くらい貰えるらしく、転職を考えている。

このケースに対してワッツ氏がどのようにアドバイスするのかわからないが、おそらく、それが「あなたが望んでいること」で、 「あなたがやりたくてたまらないこと」で、そして 「あなたが目指していること」なのかと質問するだろう。

私は、より自分を高く評価してくれる組織で働くということは当たり前のことだと思うが、ワッツ氏が言っている「お金を得ることがもっとも大切だと考えているとしたら、あなたは完全に人生を無駄に過ごすことになる。」という意味もよくわかる。

二つ目の外資系投資銀行への転職のケースをよく考えてみよう。

「メンバーシップ型」から「ジョブ型」への転職では、「ジョブ型」は与えられた職務に対する自分のパフォーマンス次第では解雇されるリスクがあるので給与が高い。従って良く考えたほうが良いと多くの人が説明する。間違ってはいないが、もう少し深く考えたほうが良い。

「メンバーシップ型」の会社では、新卒で入社する場合、会社に就職するのであって、あらかじめ決められた職種に応募することは少ない。初任給が決まっていて、一定の期間働くと異動して違う部署で働く。従って、給料を貰うからその対価として労働を提供すると考える人が多い。一方、「ジョブ型」の会社では、あらかじめ決められた職種に応募することが多い。例えば、証券会社のセールス、トレーダー、リサーチ、あるいはリスク管理に応募するか、学生は自分で選ぶ必要がある。そして、会社に貢献することにより、そのパフォーマンスに応じて処遇されるという考え方の人が多い。この違いを転職する人はよく理解することが重要だ。

ここで企業における労働コストの管理の仕方について説明しておこう。

景気・業績の変動に伴い、労働コスト(=賃金×従業員数)の調整の仕方が「メンバーシップ型」と「ジョブ型」では大きく異なる。景気が悪く、企業収益が低迷している時には、企業は労働コストを削減するのが一般的だ。ポイントはその削減の仕方だ。

「メンバーシップ型」の日系企業は、従業員数を削減することが出来ないので、賃金をカットする。一方、「ジョブ型」の米英企業は、賃金カットを実施するのではなく、従業員数を削減する。従って、景気の変動によって、日本の失業率が大きく変動することはないが、米英の失業率は大きく変動する。リーマンショック時の失業率のグラフを日米で比べると日本のグラフではいつリーマンショックがあったのかはあまり目立たないが、アメリカのグラフでは、この跳ね上がった時がリーマンショックだったのかとすぐわかる。

そもそも年功序列、終身雇用を前提とした職能給に基づき処遇するのが日系企業の人事制度の特徴だ。高度成長期にはこの制度は機能した。社会人として経験を積むことにより、毎年その能力が高まっていくという考え方だ。毎年給料が上がっていき、生活レベルが向上した。しかしながら、バブル崩壊とともに日系企業は、労働生産性(=1人当たり収益)を維持する為に、労働コストを削減する必要に迫られ、終身雇用制度を維持すると共に賃下げを行うことになった。

賞与のカットは仕方がないものの、「メンバーシップ型」における基本給の据え置き、賃下げとは、経験を積んでいるにもかかわらず、その能力が上がっていない、若しくは低下したことを意味し、制度矛盾を起こしていると私は思っている。

また、この年功序列、終身雇用、そして職能給に基づく人事制度の設計が日本のデフレの最大の要因だと私は思っている。経験に応じてその能力は高まっていくことが前提の制度であるにもかかわらず、役職定年を低年齢化し、非正規社員の比率を高め、労働コストのコントロールを行っている日本。お金の価値が上がり、モノの価値は上がらない。

一方、職務給に基づき処遇するのが米英企業の人事制度の特徴だ。部門毎、職種毎に給料は決められる。例えば、営業部の課長の給料(基本給)400万円、営業部の部長の給料(基本給)700万円だとすると、その額は景気の善し悪しでは大きく変動はしない。業績が悪化した時には、例えば、営業部で働く従業員を解雇すると同時に、営業部が10個あれば、6個にし、4人の部長、4人の課長のリストラを実施したりするのだ。会社全体として、労働生産性を大きく変動させないように従業員数を増減、労働コストをコントロールしている。

労働コストのコントロールの仕方について、どちらが良いと言っているわけではない。このような人事制度の違いから、従業員の仕事、労働、処遇に対する考え方に差がでてくることを知ることが大切だ。

バブル崩壊後は、「メンバーシップ型」の日系企業の給料が横ばい、若しくは下がったことにより、年齢と共に給料は上がっていくはずだったのにという不満から、仕事に対するモチベーションが上がらない人が多いのかもしれない。ワッツ氏の言葉を借りると、もしかすると、結果的に多くの日本人は「お金を得ることがもっとも大切だ」と考え、やりたくないことをする(安い給料で働く)生活を続けるためにやりたくないことをし続けているのかもしれない。

「ジョブ型」の場合、自分のパフォーマンスが上がらず、会社の収益に貢献できなかった場合、賞与が減る。場合によっては、賞与がゼロになる、そして最悪の場合は解雇になる。逆にチームが最高益を達成し、自分の貢献も大きかった場合は、賞与は大幅に増える。給料を貰うから働くのではない。稼ぐからより多くの給料を貰うという考え方だ。

高度成長時代にフィットする人事制度は、おそらく年功序列、終身雇用制度を前提とした「メンバーシップ型」。グローバル化し、変化が大きい時代にフィットしているのは、おそらく「ジョブ型」。飽くまでも人事戦略のはずだが、年功序列、終身雇用制度は日本の伝統文化だという捉え方をする人が多いのは問題かもしれない。

私は、「メンバーシップ型」でも「ジョブ型」でも、とても重要なことは、会社に貢献すること、稼ぐことだと思う。それを忘れてはいけない。

もうひとつ知っておいた方が良いことがある。「メンバーシップ型」の日系企業の殆どには、既に多くの「ジョブ型」の従業員が存在するということだ。非正規社員・アルバイトとして働く人は、「ジョブ型」の制度だ。必ずしも解雇になるリスクが高いから給料が高いわけではない。正社員に比べて低賃金であることが多い。労働コストを減らすために正社員の解雇が難しいため、非正規社員・アルバイトの比率を高め、労働コストの管理を従業員数でも可能にしようという動きだ。

これから社会に出る学生は「ジョブ型」を意識すべきだろう。そして「ジョブ型」の会社で活躍するには、「何でもいい。本当にやりたいことをやって、いつかその達人になる」ことが大切になってくると思う。大好きな仕事で楽しい。自信があって、成果があがる。そういう人には、結果としてより多くのお金が払われる。今後そういう会社が増えるだろう。

「私が望んでいることをやっていて」 「私がやりたくてたまらないことに取り組んでいて」 そして、「私は将来この世界でトップの営業になりたい」と毎日明るく楽しく元気よく、前向きに働いている人は、多くの場合会社に貢献しているはずだ。仮に会社の都合で解雇されることがあっても、ワッツ氏が言うように、「あなたにそれなりの報酬を払う人も出てくるでしょう。だからそんなに心配しなくていいんだ。誰か必ずあなたのやっていることに興味を示してくれる人が現れるでしょう。」だと思う。

実際に給料が2倍になると生活も変わる。お金を得ることがもっとも大切だと考えて転職した人は、実は人一倍幸せな気分になる。

その世界の達人になれれば最高だ。しかしながら、ワッツ氏の言葉を借りれば、「やりたくないことをする生活を続けるためにやりたくないことをし続けることになる」とすれば大変だ。今の会社にいなければ、こんな給料はもらえない。この幸せな気分を維持するためには、このポストを何としても守るしかないと考えるようになると悪循環が始まる。失敗を恐れ、チャレンジできず、チャンスを失うことも出てくる。社内での評判も悪くなり、結果として仕事を失うことが多い。

人一倍幸せな気分だっただけに、「同じような給料」を求め就職活動をするが上手くいかない。一番大切な「私は何を望んでいるのか?」 がわからなくなってしまうのである。

繰り返しになるが、「ジョブ型」は与えられた職務に対する自分のパフォーマンス次第では解雇されるリスクがあるので給与が高い。従って良く考えたほうが良いと多くの人が説明する。間違ってはいないが、もう少し深く考えたほうが良いと思う。

生きるために何かを我慢するのではなく、好きなことをやって生きる人生の方が素敵に違いない。苦手を克服することは立派なことだが、得意なことをどんどん伸ばしていくことの方が簡単だし、楽しい。成果も上がるはずだ。

キャリア教育を行っている人は、得意なことに挑戦したいという学生、社会人の背中を押してあげればよい。そして、「学び」がその先の人生につながり、学生、社会人たちがそれぞれに思い描く幸せを実現出来たら素晴らしい。

学生自身がその答えを見つけられるように導くためには、キャリア教育を行っている人たち自身が自己一致出来ていることが一番重要だと著名な先生から教わった。「あなたが望んでいることは何か?」 「あなたがやりたくてたまらないことは何か?」 そして、「あなたはどうなりたいのか?」と聞く人は、自分自身の答えを持っていなければならない。

「もうすぐ卒業なのですが、何をしたらいいのかわかりません」という学生がいなくなることはないだろう。それでも小さいころから「あなたの夢は何ですか?」と問いかけられることにより、本当に何がしたいのかもっと深く考えるようになり、何がしたいのか掘り下げていって、やりたいことを見つけられる人が増えれば、この国の将来は輝くと信じている。キャリア教育は大切だ。

閲覧数:22回0件のコメント
bottom of page