暇なときに 世界に羽ばたくグローバルリーダー力

本を書きました!


グローバリゼーションの進展で競争は激化しています。日本で働いているからといって、世界と関わりを持たずに働いていくことは難しい時代です。新型コロナウイルスの感染拡大で、過去の発想だけでは未来が描けない時代に突入するかもしれません。今まで以上にグローバルリーダー力が問われる時代です。


私はバンクオブアメリカ証券会社東京支店の役員として働くチャンスを得ることが出来ましたが、誰もがチャンスを与えられるような時代ではなくなってきました。チャンスをどうやって手に入れるか?そして勇気をだしてチャレンジするには、何が必要なのでしょうか? 


本書がそのヒントとなり、多くの日本人が前を向いて、堂々とチャレンジするきっかけになると共に、自分の子どもを次世代のグローバルリーダーに育てるにはどのような教育を与えればよいかを考える上での参考になれば幸甚です。


本書の内容


第1章 世界を舞台にチャレンジするには

~グローバルリーダーに求められる力とは


第2章  チャレンジするメンタリティを持つためには

~グローバルリーダーに求められるチャレンジするメンタリティとは


第3章  グローバルマーケットから世界の変化を捉えるには

~グローバルリーダーは金融市場を追いかける!


第4章  世界と日本のオポチュニチィを認識するには?

~グローバルリーダーが知っておきたい世界と日本の変化


第5章  次世代のグローバルリーダーを育てる教育とは

~枠組みを超える発想をどのように育てるか?


第5章では、与えられた問題の正解を導き出す枠にはまった教育の限界という話から始まり、アメリカの高等教育への留学、リベラル・アーツ教育、インターナショナルスクール、ボーディングスクールへの留学という選択肢について書いてみました。そして、日本と欧米の人事制度の違い、留学生の就職活動についてもまとめています。


一人でも多くの日本人が「ほんの少しだけ勇気をだして」世界を舞台にチャレンジすることが出来たらと思っています!


「はじめに」からの抜粋をご参考迄。


「逃げろ!」 “Get out!” 2001年9月11日午前8時46分40秒

 2001年9月11日。快晴で、雲一つない青い空が印象的な日でした。日本興業銀行ニューヨーク支店のトレーディングフロアで働く私は、いつものようにシステムの電源を入れ、情報端末で東京・ロンドン市場の値動きを確認。同僚からのメールに目を通し、トレーダーとその日の方針を議論していました。すると突然「ドカーン」という大きな音がし、キャスター付きの椅子に座っていた私たちが動いてしまうほどの横揺れを感じたのです。

 地震? 当時の私のオフィスは、ニューヨークのワールドトレードセンター北棟(ノースタワー)の50階にありました。衝撃のあったビルの南側の窓を見ると、上の方からガラス片、金属片、それから沢山の書類のような紙片がパラパラと落ちていくのが見えました。何かがおかしい。観光用のヘリコプターでも突っ込んだのかと思っていたら、アメリカ人のトレーダーが大声で叫びました。

 「逃げろ!」 

 この彼の言葉で私たちは直ちに避難し、助かったのです。彼の直感通り、ハイジャックされたアメリカン航空11便が午前8時46分40秒にノースタワーの高層階に突入していたのです。

 引火した燃料がエレベーターシャフトを落下させたことで低層階でも爆発が発生しました。50階にいた私たちは当然エレベーターが使えません。私たちは何が起きているのかわからないまま、非常階段を使って避難を始めましたが、大渋滞で、少しずつしか動きません。しばらくすると、突然煙くなりました。とても不安な気持ちになりましたが、どうすることもできません。当時トレーダーだった私はポケベルのような携帯用情報端末を持っていました。それを見て背筋が凍ったのをよく覚えています。

 「複数のハイジャックされた飛行機がワールドトレードセンターに突っ込んだ」 

 “Hijacked planes hit WTC.”

 午前9時02分59秒、ハイジャックされたユナイテッド航空175便がワールドトレードセンター南棟(サウスタワー)に突入していたのです。その粉塵がノースタワーの非常階段にまで飛んできたので、煙くなっていたのです。

 50階から地上階に降りるまでには約1時間かかりました。5階ぐらいまで降りてきて、非常階段からオープンスペースに出ると、今朝自分が歩いてきたところとは思えない光景で、まさに地獄絵図でした。とにかく落ち着こうと自分に言い聞かせ、消防士に誘導されるままにエスカレーターを歩いて降りると、回転ドアのガラスが割れていて、スプリンクラーで水浸しになっていました。

 「走らないで大丈夫!滑るから気をつけて!」という声にひと安心したものの、その様子が一転、「急げ!走って逃げろ!」。消防士に誘導されながら、必死に走り、地上階出口から外に出ることが出来ました。ビルの外に避難して、そこからどうやって逃げようか考えていた時です。地響きと共に轟音が聞こえてきました。音はどんどん近づいてきて、物凄い粉塵が襲ってきました。サウスタワーの崩壊です。カバンで頭をカバーして、しゃがみ込むことしか出来ませんでした。生まれて初めて「死ぬかもしれない。」と思った瞬間でした。

 私は、運よく避難することが出来ましたが、今でも忘れられないのは数多くの消防士が、ペットボトルとペーパータオルを避難する私たちに配りながら階段を昇って行ったことです。彼らの多くは命を失ったはずです。避難しているときに、彼らの姿を見ることが出来たからこそ、人を押し退けて逃げるという人が現れることもなく、私たちは安心して避難することが出来たのです。

 避難後、最初にテレビを見た時にイスラム原理主義テロ組織アルカイダ、ウサーマ・ビン・ラディンという名前が何度もテロップに流れていましたが、何のことだがさっぱり理解できませんでした。最初に思ったことは「この人って誰?」。アメリカ人の同僚たちは当然のように知っていて、これから何が始まるかということを議論していました。当時の私は自信満々で、プロの投資家として日本を代表して世界と戦っていたつもりでしたが、その全てが音を立てて崩れていきました。命を失いそうな経験をしたのに、何が起きているかわかりません。井の中の蛙だと落ち込みました。

 「このままでは駄目だ。多種多様な文化を理解し、歴史を学び、もっと教養を身につけないといけない。世の中のことをもっと知らないと話にならない。この世界をより良いところにするにはこんなことは二度とあってはならない。」と心の底からそう感じました。

この経験がきっかけとなり、私は、米系投資銀行のバンクオブアメリカ証券会社東京支店、メリルリンチ日本証券株式会社、欧州系投資銀行のクレディ・アグリコル証券会社東京支店に自分の身を置くことにより、多種多様な価値観を学びながら生きていくという決断をしたのです。


 


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